上野恩賜公園
一般に上野公園という名でよく知られている東京都台東区の公園。
面積は約530,000m²。1873(明治6)年に公園に指定された。全部で5つある日本初の公園のひとつ。
寛永寺
東叡山寛永寺円頓院。天台宗の関東総本山。その名は、創建当時の年号である寛永に由来する。徳川家光の代に天海が開いた。墓地には6人の徳川将軍や天璋院も眠る。
録音メモ
周波数帯域
基本となる周波数は低音域になるが、倍音も多く含まれるため周波数は意外に幅広い。
録音レベル
至近距離ではレベルオーバーに注意する必要があるが、録音レベルの面で苦労することはない。
ノイズ
時刻によって違うが、人通りがあるのでなるべく影響しないように注意する。また、カラスの鳴き声もノイズとなりうる。
上野のお山の時の鐘
上野公園にある時の鐘は、毎日朝6時、正午、夕方6時の3回、その鐘の音で時刻を告げている。
鐘のある時鐘堂は上野公園内にあり、木々に囲まれてひっそりとたたずんでいる。
上野公園内にある時鐘堂
基本データ
お江戸の町の「時の鐘」の撞き方
かつてこの時の鐘は江戸の町に時刻を伝えるという実用的な役割を果たしていた。江戸時代にはその鳴らし方にも様々な工夫があったようだ。
撞く回数はもちろんのこと、一打ごとの間隔にも決まりがあり、「時刻」という情報を音で伝えていた。その撞き方の決まり、——いってみれば「時の鐘プロトコル(通信規約)」——は以下の通り。
鳴らす回数
まず最初に「捨て鐘」として3打撞く。これはデジタル通信に例えるならばスタートビットのようなもので、開始の合図。それに続いて「六ツ」「九ツ」といったそれぞれの時の数だけ鐘を鳴らし、時刻を伝えた。
例えば、江戸時代には日の出、日の入りの時刻はそれぞれ「明け六ツ」「暮れ六ツ」と呼んでいたので、どちらの場合も、捨て鐘3打に六ツの6打で合計9回鳴らされた。
一打ごとの間隔
一打ごとの間隔にも工夫があり、捨て鐘の第1打から少し空けて2打、3打と撞かれ、また少し空ける。その後、少しずつ間隔を短くしながら時の数だけ撞くというやり方をしていたという。
松尾芭蕉の句
「花の雲 鐘は上野か 浅草か」
という松尾芭蕉の句があり、ここに出てくる鐘が上野は寛永寺の、浅草は浅草寺の鐘のこと。
時鐘堂の近くには、日本語と英語による時の鐘の説明板があり、その冒頭にもこの句が記されている。また、浅草寺の境内にある「三匠句碑」にもこの句が刻まれている。
音を聞ける場所の位置情報
時の鐘(時鐘堂)
時鐘堂は公園内の上野精養軒の近くに建ち、鐘は見上げるような高さにある。
現役の鐘は1787(天明7)年に鋳造された2代目で、初代のものは1666(寛文6)年に作られた。現在は人の手ではなく、機械によって鐘をついているため、近くにいると微かに作動音が聞こえる。
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